芹工務店の社長である私がお気楽に日々思うことなどを 徒然なるままに書かせてもらいます。
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お葬式のつづきです。昨今の葬式は、お通夜が主で葬儀は従の感じがします。私もそうですが義理の葬式では夜のほうが時間の都合がつくし、短くて済むので、どうしてもお通夜で済ませてしまうようです。このたびの葬式もお通夜はすごい数の会葬者でしたが昼間の告別式は100人前後のようでした。以前に経験した告別式ではほとんど身内で、30~40人ということもありました。葬式の場合は、突然ですし、平日の昼間ですとナカナカ仕事を切れない事情があるでしょうから仕方ないかもしれませんが葬式のたびに、スコシ、寂しさを感じます。知った人の人生の最後を、少しでもニギヤカに送ってやりたいと思うのでこれからは、できるだけ昼間の葬儀に行こうと思います。
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昨日は隣組の葬式のお手伝いに行ってきました。受付の記帳係りをしたのですが昨今の記帳はケッコウ楽です。参列者は記帳台で記帳カードに名前、住所などを書き込んでそれを、香典と一緒に受付に出します。受付の係りはお礼のハガキなどの入った袋をお返しして香典の中身の金額が書かれてある金額と同じかを確認してカードと香典に同じ番号を記入して、ゴム輪でまとめます。香典のない方は番号を記入しません。あとで、まとめて集計をするのですがそれは身内でやるようです。受付にいる間の組内の暇つぶしの話になるのですが「この記録は、先々、どのように活用するかと言えばドライな話、次に、他で葬式があって香典を持ってゆくときにイクラもって行ったらよいのかと、香典返しにイクラのものを送るのか。」そこだけだろうということになったのです。参列だけの名前は、先々、マッタク不用だろうと・・。たしかに、私のオヤジの葬式のときも一段落した後で、香典帳から親戚、友人、仕事に分けて金額別にノートに書き写しました。16年たった今でも、葬式があるたびに、そのノートを引っ張り出し見てから香典を包みます。ならば、葬式の受付は記帳カードなんて要らないんじゃないか。香典に名前と住所(できれば電話番号もありかも)と金額を確認しておけば他は要らないんじゃないの。金額が記入してあれば、中身を確認しなくてもいいじゃないの。ゴソゴソ、香典を開くのも見た目が悪いし問題があったときも香典もって来た人がバツが悪いから中身が無いなら無いでもいいじゃないの。どうです。良いアイデアでしょ。人類善人説にたった、理想的な方法でしょ。受付にたくさんいなくて済みますでしょ。受付が中抜きしてもわからないでしょ。それでもいいじゃん。今度、ウチで葬式出すときはそうしてみようかな。ついでに、会葬御礼やビールや花の持ち帰りも止めちゃおう。祭壇もオモチャのお社みたいなヤツも止めて花だけで埋めよう。お花を贈ってくれる人のを利用させてもらおう。葬祭屋さんにカモられないようにいまから無駄なものは書き出しておこうね。オヤジのときも請求書をみて夫婦ゲンカになりました。「なんで、こんなものを頼んだの。」「知らねえよ、バタバタしてたもの。頼んだっけかなあ?」なんてならないようにね。
朝日新聞に掲載されていたネタです。東日本大震災の被災地の産品を対象に「オーナー制度」が広がりを見せているそうです。出資してオーナーになると生産再開後、収穫できるようになると現物が届く仕組みです。先の長い支援ですが、これからの義援金はこんな方法がありのような気がします。赤十字経由で募金をしても、ニュースを見ているとハガユイ気持ちになります。直接、即効性のある応援をしたいのになんだか、自分たちの気持ちがボケてゆくように感じます。私の所属するライオンズクラブが沼津市の小学生のミニバスケットボールクラブの競技大会のスポンサーをしています。ミニバスの協会の理事が先日、ライオンズの会合で話してくれたのですが東北の被災地のミニバスのクラブではボールもユニホームも流されて体育館も被災者の仮住まいで使えず穴の開いたボールで外で練習しているそうです。そんな子供たちに直接、募金を届けてあげたいと思っています。「オーナー制度」も、ただ義援金をくばるのでなくて仕事が出来る希望の糧になるように思います。たとえば、「セーブ・サンリク・オイスターズ」は気仙沼でのカキの養殖の支援になるそうです。早くとも、1年半~数年先の出荷になるそうですが支援にもなり、忘れた頃にプレゼントが帰ってくるなんてチョットいいでしょ。1口1万円でオーナーになると生産が軌道に乗ったら20個前後のカキが届けられるそうです。すでに、5月上旬までに9000口以上が集まっているそうです。オーナーには産地の復興やカキの成育の様子が定期的に発進されるそうです。ほかにも、「うらと海の子一口オーナー制度」は松島湾内の島々の浦戸諸島の特産品のカキ、ノリ、ワカメの生産再開支援になります。とか、「旬のおまかせ野菜セット」のオーナー」は東北の農家のつくる野菜の支援です。一口1万2千円でオーナーになるとまずトマト、キャベツ、タラノメなどの10種類前後の野菜が届くそうです。量は4~5人家族で1週間分程度です。7月ころに再び野菜、秋にはリンゴなどの果物が届くそうです。他にもイロイロありそうです。パソコンを開いて、探してください。
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表題は5月22日の沼津朝日のトップの見出しです。静岡県消費者団体東部支部の5月12日の総会で沼津高専の渡辺教授が講演をした内容が抜粋されてありました。渡辺教授は灯台工学部を卒業後、東芝に入社。原子力事業部に配属され、福島第一原発の三号機、五号機女川原発の一、二、三号機の基本設計に携わった。原子力発電所は熱エネルギーで蒸気を発生させタービンを回して発電する。発電原理は火力発電と同じだが、熱を起こすところが違う。金額にしても火力発電で七、八百億円のものが原子力発電では同規模の発電量で五千億円程度かかる。その内、三千~四千億円程度が緊急炉心冷却系にかかるといわれている。福島第一原発で機能しなかった部分である。この緊急炉心冷却系については、先輩から「これを一度でも使ったら、科学者、設計者としては終わりだよ。これを働かせないように設計するんだよ。」と教わった。今回、原子力発電所が一度でも使ってはいけない機械が作動しなければならない状況でホントウは作動して欲しかったのに作動すらしなかった。最悪の事態、設計用語では、最大想定事故というが、原子力発電の場合は炉心が溶融するという事故をきちっと認識していかなければいけない。その認識を持って臨まなければ設計も製作もしてはいけないものだ。想定外という言葉が使われるが、ケッシテ、想定外ではない。技術者としては非常に屈辱である。私たちがやってきたのは一体なんだったのだということになる。つづき
私は、こう見えて、ケッコウ、絵が好きです。「芸術新潮」もしょっちゅう購読しています。毎月25日には、近くのランケイ社へ買いに行きます。ごくマレには買わないこともありますがほとんどは買っています。それなら定期購読にすればと女房は言います。定期購読でも良いのですが、本屋さんへ行って「他にも何か無いか」と本屋さんの中をウロツクことが楽しみなのです。5月号の今回から始まった「内田樹・実践的すまいづくり論」のなかに住まい手の立場で考える「家を作る理由、意味」が書いてありましたので書き写してみます。人は「いつでも帰ってこれる場所がある」と思えることは、ずいぶんと心強いことだと思う。親子関係でも同じで、外に出て行った子供にたいして「いつだって、君のためのごはんとベッドは用意してあるよ。」と言い続けるのが親の務めです。「甘い」という人もあるだろうが、私の人間観の根本は「人間は弱いもの」ということです。どうやって、その弱い人間を慰め、癒し、支援する場所を確保するか?「家」はその為のものでしょう。一番、弱く、脆い、幼児や妊婦、病人や老人が「そこでならホッと安心できる場所」であるように「家」は設計されなくちゃいけない。「家」は、外に出て傷ついたり、力尽きたり、壊れたりしたメンバーがその傷を癒し、また、外へ出てゆく「元気を回復する為の場」であるべきだと思う。人間は、弱く、脆く、スグに疲れるし、病みつくし、いじけたりする。でも、時々ものすごく高いパフォーマンスを発揮する。だから、弱ったときでも自尊心を失うことがないような場所、明日はがんばろうと気持ちよく眠れる場所、そういう空間が生活のベースになるべきなのです。その通りだと思います。私はこの文章を読んだとき、家の作り手として自分がハッキリと自覚できなかった、明文化できなかった「家を作る意味」を、はじめて、スッキリと理解できました。チョチョチョ、チョット・・・。バカにしないでね。還暦すぎまで、ズット、家造りに関わってきたのですから「家を作る意味」についてゼロな訳は無いですよ。毎日、考え続けて、だから、今「Comodo」にこだわっているのですから・・・。「家を作る意味」について、たくさん語ることは出来ます。イクラでも話が出来ます。ズット、モヤモヤしていた「家を作る意味」をコンナに簡潔に言えるなんて、内田さんに、乾杯、完敗です。これからの「芹工務店」の家造りの理念を内田さんの言葉にします。がんばれ、日本!!震災や原発に負けないぞ!!芹工務店では「東日本大震災義援金」の募金をしています。義援金についてはイロイロといわれていますがでも、どこかにとどくハズです。芹工務店では、[Comodo Homeビルダー会]の5月の総会を、募金の最終日として、ビルダー会と一緒に6月にはどこかに募金しようと思っています。私もチョットだけと考える方は、ゼヒ、連絡ください。5円、10円でも受け取りに行きます。あんまり遠くはカンベンね。